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光夏坊主 素直で直観的な作業の記録

ショートショート トキオ刻(きざ)む 小説

トキオ刻(きざ)む 第1話

 こんな時にやさしい言葉をかけてくれる人がいただけでも、寿命が延びた気がする。

 木村重蔵から空室についてのクレームにはもう慣れたが、結婚はまだか、そんなことしているから婚期を逃したんじゃないのか、ちゃんとご飯を食べてるのか、元気がないぞ、なんだそのスーツは、などと親から言われたこともないことまで説教されたのではたまったものではない。

 木村からのクレームは以前から依頼されている野良ネコのいたずらに対する対応の件だった。半年くらい前からビルとビルの間に住み着いたネコが、建物の周りでフンをしたり、残飯を荒らしたりして問題になっていた。中には住民の部屋に迷い込んでいたネコもいた。ネコの数は10匹近くになる。

 児島トキオは不動産会社に中途入社して10年になる。中途ということもあって年齢は35歳だ。10年勤めても不動産管理は完璧だという自信はない。何かしら問題もあるし、新しい対策を提案しても、前向きにとらえてくれない大家もいる。

 木村のクレームにも何回か対策を提案し手を打ってきた。対策の結果10匹近くいたネコのうち7匹は退散したようだが、未だに3匹が居残り近所を荒らしているようだ。

 木村重蔵はビル3棟を持ち、管理をトキオの勤める不動産会社に委託している大口客だ。トキオが入社してすぐ担当を任された初めての客だった。トキオの社歴と同じ10年の付き合いになる。木村は気さくで、何でも思ったことを言うので、付き合いやすいタイプだが、歯に衣着せぬ物言いに、クレームを言われる際などトキオは心を痛めることもあった。さすがにプライベートのことや、スーツの趣味のことまで言われるのには慣れていない。

 トキオは35歳にして確かに独身だ。一時期結婚寸前までいった女性がいたが、いっしょになることはなかった。トキオに何か欠点があって結婚できないわけではない、しようと思えばできなくはない、自分では、常識と嫌がられない程度の洋服のセンスは持っているつもりだ。

 頭が痛いのは、ネコが全ていなくなるまでは管理費を支払わないという条件だった。さすがに会社の売り上げを落とすわけにはいかないと、トキオは抵抗したのだが、上司の上田はあっさりと了承してしまった。

 管理費は1部屋当たり3千円、これだけだと大した金額に思えないだろうが、木村の所有する物件は3棟で140部屋を超えるから、単純計算でも毎月40万円以上の売り上げが減ることになる。

 会社に損失を与えたことにも、トキオの心は痛んでいた。

「客を相手にしていると色々あるよ、私も落ち込むことばっかりだよ、特にこの業界はね、相手が海千山千の人ばっかりだから」

 オフィスに戻って事務処理をしていると、元気がないことに気が付いたのか、チームリーダーの大塚亜矢が笑って言葉をかけてくれた。大げさかもしれないがその言葉に涙が出そうになった。大塚亜矢のやさしい言葉でトキオは寿命が延びた気がした。

「今日は飲みに行こうか」

 大塚亜矢はトキオの3年先輩で、4人いるチームのリーダーだ。身長が170センチ近くあり、髪が長く、女優と言われてもおかしくない美貌も兼ね備えていた。トキオは以前から言葉には出してはいないが、大塚亜矢に好意に近い憧れの気持ちを持っていた。断る理由はない。

 「児島トキオを励ます飲み会」と称して、3人のメンバーがトキオを励ましてくれた。飲み会があったことで、今までチームの結束にあまり興味がなかったが、チームとはこういうものだという意味も理解した。次の日が休みだったため、その日は朝方までメンバーと飲んでいた。

 次の日トキオが二日酔いに頭を痛めながらうとうとしていると、ベランダでごそごそと、物色をする音が聞こえてきた。窓には人影が写っている。

 見ると、ベランダの網戸は閉めていたが窓は空いていた。

「まさか泥棒ではないよな?」

 泥棒がベランダから侵入しようとして、できないわけではい状態だ。

 フラフラしながら近付く気配に気が付いた様子でベランダの端に身をひそめたのは、全身真っ白なネコだった。

「おーかわいいネコだ、こっちへおいで」

 声をかけても近寄ってくる気配がない。ネコは大きなものをくわえているが何なのかはっきり見えない。トキオがネコに近づこうとすると、ネコは背中を向けベランダの手すりに飛び乗り、ベランダを伝って隣りの部屋の方へ移動していった。

「思ったより身軽だな」

 部屋に戻るなり、トキオは異変に気が付いた。

「あいつやりやがったな」

 デスクの端に置いてあった時計がなくなっている。以前付き合っていた小川よしみが誕生日に買ってくれた30万円はする時計だった。

 時計好きのトキオは自分でも高級時計をコレクションしていた。

「よりによって元カノが買ってくれた時計を持っていくとは、なんて奴だ、今度見つけたらただじゃおかないぞ」

 自分でコレクションした時計はまだ3つ残っていた。

 次の週の土曜日、またトキオがベッドでうとうとしていると、ガサガサと部屋の隅で物色する音が聞こえてきた。

 目を開けると、先週の真っ白なネコがデスク上で何かをあさっている。

「あいつだ、またきやがった」

 トキオはネコに気が付かないふりをしながら、捕まえるチャンスを伺った。ネコはデスクの上でキョロキョロと見回すと、やはり時計の方へ移動している。3つ残った時計を物色しているようにも見えた。

 今だ、ネコが時計に頭を通そうとした瞬間、トキオは素早く起き上がるとベランダ側の窓を閉め、ネコの逃げ道を閉ざしたのだった。

 ネコはいきなり動いたトキオに驚き、デスクを飛び降りると玄関の方向へ走っていた。

 玄関にまで行くと、ネコは下駄箱の扉を開けて中に入ろうとしているところだった。

「おい、つかまえたぞ泥棒ネコ、こんなに綺麗な色をしているのに悪いやつだ」

 トキオがしゃがんで抱えようとすると、ネコは頭を飛び越えて部屋の中へ逃げ込んだ。

 10分位格闘した末、ネコがバスルームへ逃げ込んだところをトキオは生け捕ったのだった。

「どう成敗してやるか、焼いて食うか、いや全身の毛を抜いてやろうか、俺の大事な時計を持っていった罰だ」

 トキオはネコを抱きかかえたままクロゼットに行くと、梱包用においてあったロープを取り出し、ネコの手足を縛り身動きができないようにした。

「しばらく、こうして反省してろ」

 そう言って、縛ったままのネコを部屋の隅に横たえた。

 時刻は13時を回っている。腹減ったな、トキオは着替えると玄関のドアを開け、

「ちょっと出かけてくる」

 とネコを見て言うと、部屋を後にした。

 コンビニで弁当を買うとすぐに部屋に戻った。いっしょにキャットフードも購入した。

 部屋に戻るとネコは疲れたようで、床の上で横になって寝ていた。

「こいつかわいいな、いやだめだ、かわいくてもよしみがくれた時計を盗みやがった泥棒ネコだ、しばらく反省はしてもらうぞ、キャットフードはもうちょっとあとだ」

 そう独り言を言うと、買ってきた弁当を広げた。

「あのーおいしそうですね、なにかください」

 ご飯をほおばる瞬間だった。声がした方を振り返るが誰もいない。気のせいかと思い、弁当に目を戻した。

「お腹すきました、それをください」

 声を発していたのは床に寝そべっていたネコだった。トキオは思わずほおばっていたご飯粒を床に吐き出してしまった。

「お前、言葉が喋れるのか」

 驚いたトキオが、ネコの顔を凝視する。

「あ、やべ」

「なんだ、そのやべは」

 トキオがネコを問い詰めた。

「あ、すみません、このことは誰にも内緒にしてもらえますか」

「お前、本当に言葉をしゃべれるのか」

 トキオは弁当を置くと、ネコの前に胡坐をかいた。

「すげーな、お前、なんで人間の言葉をしゃべれるんだ」

「あのー、これほどいてくれるなら教えます」

 ネコが手足を結んでいるロープを見て言った。

「いいよ、ほどいてやるよ、なーんてそう言うと思ったのか、なんでそんなに上から目線なんだ、だめだ、先にそっちが答えろ」

 そういうと、トキオはネコの頭を指ではじいた。どう見ても人間の方が有利だ。

「じゃあしゃべりません」

 ネコは強気に出た。

「じゃあいいよ、このまま縛っておくから」

 そう言うとトキオは弁当の続きを食べ始めた。

「いや、お話しますので話したらほどいてくれますか」

 しばらくするとネコが口を開いた。それもそうだ、買い物をして帰ってきた時からネコは体力をなくしたのか、ぐったりと横になっていたのだから。

「あきらめるのも肝心だ、じゃあ言えよ、なんで人間の言葉をしゃべれるんだ」

「私にもよくわかりません」

「おいふざけるな、わかるだろ自分のことだ」

 トキオがネコの尻尾を持って少し浮かせると、ネコは手足をバタバタさせた。

「私はよしみさんの使いなんです」

 尻尾をつかまれ、さかさまになった状態でネコが答えた。よしみという名前が元カノの小川よしみだと気が付くのに30秒くらいかかった。

第2話へつづく

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